結婚

 1997年2月11日に結婚しました。
 案外理由は簡単で、私が昭和天皇と同じ4月29日(昭和の日)生まれで、妻が平成天皇と同じ12月23日生まれ。なので、建国記念の日に式を挙げようと決めただけ。

1.結婚式は身内だけであげた

 私が呼んだ親戚は、3人位か・・・ 母と妹+αの参列? ちと妻には聞けないです。
 友達は呼ばなかったような・・・ と言うか、私には友達がいなかった。笑
 仕事仕事で、仕事の仲間は一部いたけど、誰を呼んでよいやら・・・そんな状態で結婚式はあげています。

2.妻との出会いは職業訓練のパソコン教室

 私自身が、職業訓練校のパソコン訓練の授業を請け負っていた時期が10年ほどあります。1991年の法人設立から、市役所や商工会議所に営業をした延長で、いただけた仕事でした。
 その中で、女性の社会的自立のための訓練の制度の中で、1日5時間で21日間。合計105時間で日商ワープロ検定3級まで取らせると言う授業を受け持っていました。年間5か所で100人の女性の能力向上のお手伝いをしており、その時の生徒さんの一人でした。
 最初の出会いは、私にとって、とても印象深い物でした。なぜなら、子ども託児付きの教室のため、女性の皆さんは、オシャレをしていないって感じで初日来られていました。生活感が漂うっていうか・・・ その中で唯一会社勤めしっかりしているって感じで、出会ったのが、妻でした。
 それもそのはずで、自分のお父さんの会社で事務をしている傍らに職業訓練に通ってきているので、まず、会社に行ってから、仕事をこなして、職業訓練の教室に来ているからでした。

3.妻も私も結婚することなど考えられなかった

 付き合って、1年ほどで結婚を決めたと思うと言うか、私自身が、決めなくてもどんどん話が進んで行ったような感じでした。
 私自身、家族を作ることは一切考えていなかった状態でした。家族との縁が薄いので、家族を作っても上手くいかないと思っていたからです。
 その点は、妻も同じだったようで、私も結婚する気は生涯なかったと今でも言っています。
 私が、33歳になるところで、妻が39歳になった時に結婚です。両方とも初婚です。
 今、思うとご縁があったのでしょう。

4.妻に感謝しています

 私にとって、妻との関わりは、社会との関わりの中で大きな比重を占めています。
 私自身が、社会との繋がりが弱い状態で、お歳暮もあげたこともないし、近所の付き合い方もわからないし、何かと知らない事ばかりでした。
 例えば、お歳暮を頂いた時にお礼状を書いて送ってくれているとか、些細なことですが、私のサポートをしてくれています。
 感謝以上の何ものでもありません。
 ただ、それに対してしっかりとお礼ができていないことが、私にとって問題です。詳細は割愛。

5.妻のお父さんと仲良くさせて頂く

 私のずるいところと言うか、愛きょうのあるところと言うか、自分で言うのもなんですが、その場の空気に合わせて、存在するってのが得意なので、妻に連れられて、義父(妻の父と言うこと)の家に伺う。そうすると奥さんがいたり、義弟がいたり、義妹がいたりします。で、風呂にも入ったり、食事にもごちそうになったり、居場所がないながらもいました。
 最初は、私と妻が付き合っていること。結婚することは、お母さんが反対していたようです。が、お父さんが、娘が選んだんだからと説得していただけていた観たいです。
 お父さんは、私に良くして下さいました。男として、曲がりなりにも経営者としても少し認めていただけていたのかもしれません。
 とんでもない夢物語を言って、あいつはなんだとも思われたこともあるようですが、本当の父として私も付き合いをさせていただきました。
 妻との出会いで、このお父さんと出会ったことも私にとって素晴らしい出会いであったと感謝しています。