和魂(わこん:一霊四魂)を元に魂の特徴を紐解きます。

中学・高校生の頃

小学生まで
 プロフィールは、まちゅ個人ページに加筆修正をしています。

4.中学・高校生の頃

1)中学生の頃

1年生に入って3カ月ほどかな、給食が無く、自分でお弁当を毎日作って持って行った記憶があります。
朝、母が作ってくれた適当な食材を入れたり、冷凍食品など自分で作りました。
そのお弁当は恥ずかしかった記憶があります。
【この時の強烈な思い出】
・倫理の先生に生徒全員が箸を持つように指示があり、君の箸の持ち方は間違っていると言われました
これには反論があります。箸の持ち方を教えてくれる家では無かったからです。
一方的な指導には強烈な拒否反応を示すようになった体験の一つです。

2)中学生の時は美術部と電気部に入る

美術クラブ(水曜日だけ)に入っていて水彩画の絵を褒められました。
細かな枝や瓦を一枚一枚書いていたこと。丁寧であったことがその理由でした。
また、電気にも興味があり、電気部に入りました。
別に何をしていたわけでもなくテレビやラジオを分解してたぐらいかな?

3)高校進学の時、定時制を勧められる

先生に私だけ呼び出されて、夜間高校に行くかと聞かれてショックを受けたことがあります。
学校には、生活保護を受けている家であることが伝わっていたのでそのような指導をしたのでしょう。
その時に母親が一緒に居たのかは不明です。
結果、自宅から歩いても行ける就職にも有利な工業高校の電気科に入りました。

4)高校の時はサッカーとプログラミングに熱中

サッカー部に入りました。
走るのは好きだったし、長距離には自信があり、サッカーを選びました。
技術的にはそうは上手くなりませんでしたが、身体を鍛えられたこと。人間関係の幅が広くなりました。
高校1年の時に身体が相当鍛えられたようで、能登地区駅伝で1区を走って陸上部も抜いて1位でした。
成績は、数学と電気は飛びぬけてできたので、電気科としては優秀な生徒だったと思います。

また、高校2年生からは、プログラムの授業が始まりました。
最初はチンプンカンプンでしたが、ある日考え方を理解してからは、はまりました。
800万円もしている学校のコンピュータを自由に触らせてくれる先生に感謝です。
今でいうOSの起動のために紙テープを読み込ませて動かすような時代でした。
鍵も預からせてくれてプログラムに夢中になりました。その当時の通産省の情報処理2種と言う資格も高校2年の時に受験し一発合格でした。新聞に大きく載せていただいたことを覚えています。3年の時には1種も受験しましたが、これはさすがに落ちました。

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